引っ越しの「コツ」

引っ越しするときってどんな部屋がいいのか色々考えますよね。 こっちよりあっちがきれいだとか、どっちが安くて、どっちが高いだとか。日当りや間取り、風水的にどうだとか。 毎日の生活を過ごす場所ですし、安い買い物ではありませんから、悩んで当然!

友人は引っ越しの時、物件探しに半年もかかった事がありました。その友人の引っ越しの一押しをした女性がいたんですが、その人は、部屋に入った瞬間にその部屋が「いい」か「わるい」かわかるというのです。たまにいますよね。部屋の空気というのか、そういう事がわかる人。ちょっとした感覚があるようで、あまり良くない部屋だと何か感じるのだそうです。

ちなみにその女性は、なんだかいい空気が流れてるなーって感じた部屋に引っ越したのですが、その部屋自体は特別日当りがいいわけでも、特別広いわけでもなかったのですが、「何か」がよかったそうです。

その後、素敵な方と知り合って結婚し、引っ越すことになったのですが。なんとその部屋、住んだ女性がその部屋を出ていくときは絶対結婚して出て行くんだと、引っ越しの時大家さんが言っていたそうです。たかが引っ越し、されど引っ越し。引っ越しの際は、何かを感じ取れる友人と一緒に見るのがおすすめですよ。

二度目の引越し

今まで私は二度引っ越したことがあります。初めての引越しは大学に入学する時。二度目は卒業する時でした。大変で心に残ってるのは圧倒的に後者です。何故かといえば、まず第一に、実家からの引越しは家具全般を新たに買うので自分が持っていかなければいけない大きな荷物は少ない。更に出る時は親に手伝ってもらえるので、手間も手分けすることができる。

そしてそれより何より、一番大きいのが引越し代金です。学生の時は親に負担してもらったり、学校指定のアパートだったりするので問題ないのですが、学生を終える時は当然自己負担。敷金礼金、引越し運搬費に最初の月の生活代。どう安く見積もっても30万程度はかかります。

卒論に追われてバイトもやめ、貯金はゼロ。夢追い人の私は就職せずにバイトしながら一人で生きていく!と宣言し、先の当ても無い。そんなわけで、誰に頼るわけにもいかない状況を自分で作った分、これはもう頑張るしかない!と自分を奮い立たせ、卒論後の1ヶ月半で全てを賄うことになりました。

夜間はあらゆるお店の在庫を延々数え、土日は家電量販店の店頭に立ち、携帯電話の販売促進。家ではパソコンで県外のいい家探しに荷造り。疲れ果ててもう後でいいやとなってしまいがちな荷造りは本当にギリギリまで終わらなくて、最後の最後、新幹線の時間に間に合わなくなりそうになりながら掃除していました。 先日そんな引越しの時の話題になり、友人に「そういえばさ、最後の夜はダンボールで寝たって言ってたよね~。」と笑われ、横にいた友人は驚愕。そうなのです。捨てない荷物は前日に運び終わっていた為、布団もありませんでした。

まだ3月で寒いしフローリング痛いしで、余ったダンボールを敷いたり掛けたりして一晩過ごした22歳だった私、一応女。今となってはそんなこともあったねって感じの面白思い出話ですが、ほんと若かった。「そんな大変なことになってたなら、言ってくれればよかったのに!」と古くからの友人達に言われ、ああ、そこに思い至らなかったのも若さゆえだな・・・と思います。 とにかくこれからは自分の力だけで生きていかなければいけないんだ!と気負っていたのですね。

今は持ちつ持たれつ、そうして引っ越した家に住んで4年。現在友達とルームシェアで相変わらず夢追い人生活続行中。多少は前に進んでる日々。あの引越しの時の希望と不安で身が引き締まった思いをずっと忘れずにいたいなと思います。

電動アシスト自転車のパワー

私の家は高台にあり、自転車を使うのは無理だと思っていましたが、電動アシスト自転車はらくらく坂を上ることができると、知人に教えてもらい、いざ購入しました。買い物程度にしか利用していませんが、坂を上る際もすいすい上っていきます。

後輪のモーターがウンウンうなっているのが聞こえます。こいつのおかげなんだなと思って、どんどんペダルを踏みます。多少の力はいりますが、あきらめていた急な坂も楽に上がっていくことができ、購入してよかったと思いました。引越し先でも大切にしたいですね。

初めての一人暮らした時のこと

私は26歳になるまでずっと実家で暮らしていました。結婚する予定があるわけでもなく実家に滞在し続けるのは気がひけましたし、昔から自分の力で一人暮らしをしてみたいと常々思っていました。過保護な親からは反対を受けましたが、これは自分への挑戦だと思って一人暮らしを決意しました。

引っ越し先のアパートを選んだ決め手は、窓からたくさんの緑が見えることでした。初めての引っ越しで戸惑うこともたくさんありましたが、荷物は全部箱に詰めて宅急便で送りました。
そして新たな生活をスタートさせるべく、たくさんの家具を買いに走ったのを覚えています。
これからは本当の意味で自立するんだと思うと、背筋が伸びたような気持ちになりました。

両親は寂しさや過保護に育てていた一人娘を心配していたようですが、後になってから私の自立をとても喜び、以前よりもいい関係が築けるようにもなりました。数年後には海外へ行くことになりましたので、また引っ越すことになりましたが、あの時が人生で最初で最後の一人暮らしとなったため、思い切って経験してみて本当によかったと思っています。

返ってきた、かもしれない敷金

初めての一人暮らし。選んだ町は北側と南側で治安レベルが違うということろ。私は当時学生だったので、家賃の安い北側に引越しました。駅から10分という一見好立地でしたが… その道のりはバイクで二速じゃないと上がれないくらいの急な坂が二箇所。家の真裏はお墓がありました。風呂・トイレ別、と不動産から聞いていたのですが… 間取りが不思議でお風呂場に行くためにトイレを通過する動線です。洗濯機の排水口がら立ち上ってくる香りが耐えられない構造になってました。そして部屋全体がなぜか脂ぎっていたのを覚えています。

引越し初日に遊びにきてくれた友人が「二度ときたくない!」と言ったほど。初日にここまでいわれたことで、いかにもともと汚れていたのかわかります。なんだかんだ二年すごしたこの不思議な家ですが、社会人になったことでついに南に引っ越すことに!

そして引き払う日。不動産屋が内覧にきました。開口一番「あんたひどい!すいぶん汚したね!!」…もとからだったんです。こちらは入居時に写真をとっていました。(画鋲の穴、脂ぎった壁、黒ずみなどなど…)功を奏したのか、不動産屋がクリーニング代を全部出すということに。「お兄ちゃんじゃ払えないから、もらった敷金でまかなって、足りない費用ははこっちで払います。」しかし汚したのは私ではなく…しかたなく了承しました。

もし、私の入居時程度のクリーニングで賃貸にだすのだとしたら…払った敷金で足りるのでは?結局、いくら修繕費にかかったのかも未だ知らないままです。もやもやする単身引越しでした。

都会に引越して一人暮らし

社会人になり田舎から都会に出てきて一人暮らしをすることになりました。 その時に荷物の少ない引越しは軽トラの運送屋もいいよといわれたので、 やってもらうことにしました。

一人暮らしに慣れるまでとても大変で親のありがたさをひしひしと感じたものです。 苦労したことは炊事と洗濯です。 最初は適当に外食ばかりしていたのですがそれではお金が続かないことが分かりました。 なるべく自炊をと思っていても経験がないものでとまどうばかりです。 しかし外食よりも自炊することが経済的にいいと思ったのでできるだけ 自分で食事を作ることを心がけました。

最初は1人分の食事を作るのに苦労したものです。 しかし慣れると冷凍して保存をしておくことを覚えました。 まとめて作っておいて冷凍しておけば解凍するだけで食べることができます。 一人暮らしをしなければこんなことを考えもしなかったと思います。 経験が自分を強くしたと思っています。 一人暮らしで寂しいと思うことは話し相手がいないということです。 1人の空間というものは慣れるまで嫌なものでした。 そうでなくても田舎の実家は大家族で1人になることはめったにありませんでした。

そんな生活をしていたので帰っても誰もいないということがとても嫌でした。 しかし一人暮らしを選んだのは自分です。 どうしても都会で仕事をしてさらに一人暮らしをすることに憧れていました。 自分の夢が叶ったことで生活にメリハリも出てきたと思います。 1人でおきて仕事にいって帰ってくる生活ですが何でも自分ひとりでやらなくてはならないということで自分なりに頑張っています。